ルネッサンスから中世へ/ファッションの変遷

15世紀までの中世ファッションと、16世紀のルネッサンス英国ファッション
とでは、大きな違いがあります。
この絵は、1435年に描かれたフォン・エイクの新婚夫婦の肖像(ナショナル・ギャラ
リー蔵)。花婿は長いシャウベ(袖無し長チョッキ)を身にまとい、花嫁は角に似た
3角形に髪を結っています。15世紀前半を代表する一枚です。

            
         
フォン・エイク作/1434年/新婚夫妻の肖像とアップ画像
             
女性のファッション

1、ウエストの位置が自然な位置にもどった
 中世では、ウエストラインをほぼ乳房の真下にくるほど高く締めていたが
 16世紀に入ると本来のウエストの位置まで下がった。

2、スカートを引きずらなくなった
 中世ではあまりにも裾が長いために、身分の高い者は従者に持たせ、そうでない者
 は自分でたくし上げた。たくし上げるのには、下にはいているスカートを見せる
 効果もあった。ブルゴーニュの宮廷では、裾の扱いについて 詳細な規則があった
 という。
 16世紀に入ると、後ろに長く引いていた裾は次第に短くなり、地面すれすれの位置
 で止まった。そのかわり、ギャザーが増えて、ゆったりと膨らむようになった。
 16世紀後半では、スカートを膨らませるための張り方(ファーチンゲール)を
 用いるようになった。始めは控えめなAラインであったが、17世紀初頭では、正面
 から見ると4角形のラインまで現れた。
4角形のラインのドレス

3、帽子の形が変わった
 「ヘニン」と呼ばれる円錐形や三角形など、奇妙な丈の高い帽子が消え、「ヘッド・
 ドレス」とか「チューダー・アーチ」と呼ばれるかぶり物が流行した。
 しかしこれはメアリー1世の代を最後に廃れ、エリザベス朝では見られなくなった。
 襟が高くなり、首まわりにラフ(襟飾り)をつけるのが流行したため、髪は結って
 上に持ち上げる形に変化した。
 16世紀前半「ガルガンチュア物語」の一節では、ヘッド・ドレスをつけるのを
 「英国風」髪を結って宝石を飾るのを「フランス風」、髪を背に流し、束ねる形を
 「イタリア風」と呼んでいたことがわかる。

             
男性のファッション

1、ヒゲと短髪
 髪は長さがしだいに短くなり、耳のあたりで切りそろえるおかっぱ型から、かなり
 短くカットするようになった。ただしエリザベス朝後期から、再び長髪は流行し
 始め、17世紀前半では、長髪+ヒゲの組み合わせが主流になった

2、ズボンの長さが短くなった
 16世紀に入り、ズボンもまた膝上のキュロット型となり、しだいに股に詰め物を
 して膨らませるようになった。膝から下は靴下を見せている。中世では、男性の
 ズボンは先が尖るほど細く、上半身の上着には目一杯詰め物をしたため、身動き
 さえままならない場合もあったという。ズボンが細すぎた上に、マントが尻を隠せ
 ないほど短かったために、局所的部分が浮き上がってみえた。
 当時の作家モンステレレは「恥知らずだ」と非難している。
 短すぎる上着を嫌った者は、袖無しの長いチョッキ(シャウベ)を着用したが、これ
 は16世紀中頃まで受け継がれた。

3、袖の形に凝るようになった
 男女ともに、袖の形におしゃれを競うようになった。袖は服の一部ではなく、
 独立して着脱可能なものが増えた。ヘンリー8世の衣装目録には、取り外し型の袖
 が何種類も含まれていた。

4、首や胸元を隠すようになった
 初期はタートル・ネック風の立て襟だったが、しだいに襟だけが独立し、
 ラフ(襟飾り)のように独立した着脱可能なものになった。
 
          INDEX
チューダー王朝前半のファッションの解説
エリザベス朝の女性ファッション(1)(2)
エリザベス朝の男性ファッション(1)(2)
エリザベス朝のドレスの着付け
エリザベス朝のメイクアップ

ルネサンスの奇抜な風俗「愛欲のルネサンス


          参考資料 
Elizabethan Costume Drea Leed
A Central Location to Study Costume and Fashion
William Clarke College, NSW, Australia
モードの生活文化史 マックス・フォン・ベーン 河出書房
洒落者たちのイギリス史 河上稔 平凡社ライブラリー