1792年、ルイはようやくパリの国民公会議員として選出された。
だが、最年少ということもあってか、無名の新人に過ぎなかった。
名を売らねばならない。意外にもその機会は速やかに巡ってきた。
パリの国民公会は、ある重大な男を裁いていた。
ルイは妄想の中で、被告席に背を丸めて座っている1人の男を思い浮かべていた。
ずんぐりした体、締まりのない顔。
全身に漂う雰囲気は、追いつめられた小動物そのものだ。
これがブルボン王朝の、成れの果ての姿であった。
妄想のルイは男の胸ぐらを掴んだ。
(おまえのような奴が世間に放り出されたら、せいぜい人の尻に付いて歩くのが
精一杯だ。殺すにも値しない。地べたに這いつくばっいるのが似合いだろう。
そんな男がフランスに君臨していられたのも、おまえが王国の『象徴』だった
からだ。本人の資質も能力も関わりない。『象徴』だからこそ可能だった愚行
なんだよ。わかるか?。)
ルイは男を放りだし、その頭を踏みつけた。
(その『象徴』が今死のうとしている。おまえも運命を共にするがいい。
『象徴』に生かしてもらったなら、『象徴』と共に死ね。)
男は足の下ですすり泣いた。
(俺はおまえがうらやましいよ。こんなカスでも、主役として哀れな犠牲者を
演じることができるんだからな。嫉妬すら感じる。俺がおまえの立場に
いたら、もっと美しく誇り高く犠牲者を演じて見せるのに。)
議長がルイの名を呼んだ。発言の番が回ってきた。
彼は妄想から離れ、席を立った。
「ルイ・カペー、もとい前国王ルイ16世は、支配者として生きるか、
その地位から墜ちて死ぬか、どちらかの選択肢しかありえない。
王は罪なくして存在しない。」
ルイはその場にいた全員の秘められた敵意を言葉にして見せた。
誰もがあまりに暴力的で目を背けていた内容を。
獣を解き放つ。
(国王を殺せ。その首級を世界に掲げよ。)
凶暴な拍手が沸き起こる。彼は初めて「主役」の座を掴んだ。
(おまえ達は何もわかっていない。知ったかぶりで語りながら、何1つ話して
いないのと同じだ。このバカども。破壊と混乱の向こうに何が見える?
見ているようで何も見えてやしない。俺の人生がなぜ今まで予想できなかった
のか、今なら理解できる。その全体を見るにはあまりにも大きすぎるからだ。
白紙となったこの世界に俺が新しいプロットを組み立ててやる。
ペンも紙もいらない。この世界そのものが俺の作品だ。)
地平線の彼方に白亜の都市が見える。
同じように笑い、同じように豊かに暮らす人々。
意志も個性もなく、均一化された平等社会。
外に世界はなく、その内側だけで許された「幸福」
狭いけれど、限りない一体感がそこにある。
個性という枠をはずし、混じり合う魂・・・・
誰が誰なのか区別の付かない、至福に満ちた混沌。
決して腐ることのありえないモラルと美徳の世界。
ルイはゆっくりと瞼を開けた。
(あの世界へ。)
闇の中に光明を見た思いがする。
ブレランクールを離れて8年。飛ぶような年月だった。
いつしかルイの属するモンターニュ派の革命政府に、ブレランクールのみならず
フランス全土が屈していた。
対立していたジロンド派をほぼ全員殺し、落ち延びた残党も反乱軍を
殲滅するついでに粛清した。叛旗を翻したヴァンデ地方は見渡す限り
人家がないといわれるほどに破壊した。
各地で反乱が起きたが、中でもこのヴァンデの乱が、ベルサイユ帰りの
青年貴族を筆頭に、しぶとく抵抗し続けたからだ。
革命政府は捕虜を必要としない。投降した敵もそれに関与した者も
等しく死なねばならない。あまりにも多くの捕虜がいたためにギロチン
では足りず、一度に100人近い人間を船に乗せ、河で沈没させて
溺死刑に処したこともあるほどだった。
破壊しなければ新しい家は建たない。邪魔な倒木は片づけて道を
空けねば先に進めないのだ。
だが、どこへ?・・・・・あの白亜の都市まで。
とうの昔に滅びてしまったあの幻の場所へ、灰色の大地を渡っていく。
足をすくうぬかるみに膝まで浸かりながら。
天地がひっくり返ってもおかしくないのに、ルイーズの周りに、ほとんど
変化はなかった。ルイの家の庭先には人影がなく、笑いながらくぐった
窓辺には、伸びた枝が緑の影を落としていた。
樹木も、一回り大きくなった気がした。
マリーもアンヌも嫁いでしまって、今は未亡人のマリアンヌ1人がたまに
帰ってくる娘を楽しみにしていた。
いい人達だったのに、フランソワと一緒になってからは、何となく縁遠く
なってしまった。戦乱も平和もかかわりなく、子供達は成長し、風に
乗って歓声が聞こえてくる。木を揺さぶり、川面に石を投げ・・・・
いずれ失われる時間が永遠であるかのように戯れていた。
(私は幸せなのだろうか。)
とルイーズは自問自答する。少なくとも憎しみはなかった。
ルイはどこかで、誰かを憎んでいるだろうか?
自分に科せられた重荷に喘いでいないだろうか。
走っていって、確かめたい気がした。
ルイは戦場を好んだ。身近な「死」と向かい合っていると、
何も考えずに済む。ただ弾をよけ、勝つことだけに集中すればいい。
高邁な思想も難解な哲学も不要だった。
ルイは誇らしげに全軍に向けて激励文を書いた。
「我々はここに敵への復讐を果たしに来た。」
復讐。いい響きだった。悪いのはこちらではない。
被害者になるほど楽な立場はない。どれだけ残酷になろうと、非は向こうに
あるのだから、一片の良心の痛みも感じなくて済む。
これ以上、重荷を増やすのはまっぴらだった。
司令官のジュールダンが、ルイの作戦に異議を唱えた。
「命令通りに動いた場合、危機的状況に陥る可能性があります。」
ルイは無機質な目で、ジュールダンを見返した。無言だった。
答えるまでもなかった。
(負けたらどうするかって?バカなことをいうな。勝つために頭を使うのが
おまえ達の仕事だろうが。負けたら殺す。単純な話だ。
無能な豚を生かしておくほど余裕はない。)
フランスは国王を殺害したことで、全ヨーロッパを敵に回した。
すでにオーストリアとドイツ、イギリスが連合して国境線を侵していた。
一度でも侵入を許せば、敵の「復讐」が待っている。
勝たねばならなかった。どこまでも・・・
兵舎にもどろうとした時だった。
悲鳴のような女の叫びに続いて数人が揉み合い言い争う声がした。
女は突き飛ばされてルイの足下で転んだ。1人の男が女のところへ
行こうとして、数人の兵士に阻まれ押し返された。
が、男は何とかふりきって、女に覆い被さるようにしゃがみ込んだ。
「何なんだ?。」
ルイの声に、2人は目の前にいる人の気配に気づいた。
そして顔を上げ、初めて相手が兵士ではなく、かなり地位の高い人間だと
わかったらしい。
「お願いします、私、この人が徴集されて、どうしても離れたくなくて
いっしょについて来たんです。」
女は足に縋るように叫び続けた。
「何でもします!。銃も持ちます、ですから、ここに置いて下さい。」
フランス国軍はつい数年前まで、兵士に妻がついてくるケースが珍しくなかった。
軍服を着て兵士に成りすます女も多かった。
当然ながら戦闘意欲が落ち、フランスはヨーロッパ王室連合軍に負け続けた。
コンデ、ヴァランシエンヌ、マインツ・・・・事態を重く見た議会は女達を追放
するよう命じたが、効果はなかった。
モンターニュ派が政権を奪ってからは、命令も徹底した。
近代的な軍へ変化を遂げたフランス国軍は、一転して連勝し続けた。
それなのに・・・
(まだこんなバカ者がいたのか。)
怒りを抑えた反動で、美しい作り笑いが浮かぶ。
目はまったく笑っていない。
「帰れ。」
ルイは言った。女はますます必死に訴えた。
「帰れ、と言われても、もう帰る家がないんです。この人が貧乏だからと
反対する父も押し切りました。家族なんてどうでもいいんです、
この人といっしょにいられたら・・。」
「帰れ。帰らなければ、この男を処罰する。」
そう言い返してルイは顔を背けた。生理的に不快な物を見た気がした。
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